嫌われ政次の一生






「政次が行くと言うのなら、われが送ってやらねば」


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見ました、昨日の大河…

すごすぎてトラウマになりそうです。



この人が死ぬのはわかっていたんですが
こんな凄まじい死に方するとは思いませんでした。


「地獄の底から見届けて…」で泣き
「白黒をつけむと君を独り待つ」で泣き、
予告の「もう、但馬はおらぬのでしたね」
で大号泣です。

今まで、直虎と政次が碁を打つシーンが
やたら多いなと思っていたら
それが彼の唯一の楽しみだったのですね…


「嫌われ政次の一生」
それにしてもうまいタイトルです。



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白黒をつけむと君を独り待つ
天伝う日ぞ楽しからずや




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アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場




イギリス・アメリカ・ケニア軍はナイロビの隠れ家に潜む
テロリストたちをドローンで監視しながら捕獲しようとしていました。

ドローンから送られてくる映像から、
テロリストは今まさに自爆テロを行う準備中であることが発覚。
捕獲は中止し、テロが起こる前に隠れ家を爆破することに。

しかし隠れ家の近くの路上で、
女の子が一人、パンを売っています。
このまま隠れ家を攻撃すれば、この子が巻き込まれるのは確実。

しかし爆破を見送れば、
テロによってさらに多くの民間人が命を落としてしまうのです。

今、危機にさらされる一人の命か、
これから失われる大勢の命か。
各国の軍人や政治家たちは論争を繰り広げます。
安全な部屋の中で。



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久々に、ひどく後味の悪い映画を観ました。




各国の政治家や軍人たちはみんな、世界中の色々な場所にいて、
安全な司令室や会議室のモニターから、
現地から送られてくるドローンの映像を観ています。

テロリストの隠れ家にミサイルを撃ち込むのも遠隔操作なので
オペレーターは現地にはいません。


テロリストの潜む家の目の前で、小さな女の子がパンを売っている。
英米の政治家たちは現地の工作員にパンを買いあげさせて
女の子を家に帰らせようとしますが、
仕事熱心な女の子はその場を動きません。




民間人が巻き込まれることがわかっているのに
攻撃を行ったことが発覚すれば、後で大変な問題になります。

かといって予測できたはずのテロを見て見ぬ振りをしたとなれば
それはそれで、大変なバッシングを受けることになるでしょう。

誰も責任を取りたがらず、最終決定はたらい回しになってしまいます。



倫理的な問題に加え、大きな責任問題ともなりうるので
どちらにしても苦しい決断が迫られるのです。



ここからネタバレです。

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八つ墓村(1996年版)





神戸で会社員をしていた孤独な青年辰弥。
ある日自分が旧家の跡取り息子であったことを知らされます。

彼は母の故郷だという八つ墓村を訪れますが
彼の帰郷をきっかけに村では次々と殺人が起こります。

事件には、戦国時代にまで遡る
恐ろしい伝説が関係していました。

謎を解きに現れたのは、金田一耕助と名乗る奇妙な人物。


辰弥は、自分の生い立ちに関わる悲しい事実と
連続殺人の犯人に対面することに。




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はじめて観たときに、
他の金田一耕助ものとちょっと違うなあと思ったのは



登場人物が割とみんな穏やかで、
がつがつしてないからなんだと思います。
金とか権力とか、女とかに。

過去の回想の殺人シーンはおどろおどろしいんですが
現代の場面はドライ、というか
70年代の市川崑版横溝正史ものにあった
どろどろした雰囲気があんまりないんです。







市川崑監督版なので(というか、原作通り)
今回もやっぱり「犯人は、女です。それも、美しい」。

彼の作品だと、原作では男性が犯人のものでも
女性に変えちゃうことがあるようです。



「八つ墓村」を観ていて思ったのが、
この時代の、古い伝統の残る村の大きな家では
若い女性の発言権があんまりないらしい、ってことに
関係があるのだろうということです。



横溝正史ものの多くに
好きな人と結婚したいけど、
危険にさらされる我が子を守りたいけど、
世間がそれを許さないので苦しむという女性が
たくさん登場します。


都会に出てしまえばもっと自由に暮らせるのに、
彼女たちは古い価値観の残る村に縛られている。


せめて、自分の大切な人には同じようになってほしくない。

自分の苦しみはじっと耐える女性たちが、
恋人や子供を自由にするために犯罪に走ってしまう。

という話が、市川崑版だと多いように思います。








石坂浩二さんが70年代に演じた金田一耕助は、
よく天使とか神様のような存在だといわれます。
彼は探偵でありながら、予測できるはずの殺人を全然防げていません。

というより、犯人が全ての殺人を終えるまで
人間の愚かさや悲しさを憐れみながら見つめているような
そんな気すらします。



今回の金田一耕助は豊川悦司さん。
監督が彼の金田一耕助をどういう存在として描いたのか
正確にはわかりません。


でも、石坂浩二さん版のような、天使のような神様のようなという
雰囲気とはちょっと違うような気がしました。

なんというか、金田一耕助の、亡霊、というか、イデア、みたいな。


つかみどころがなくて、忘れられない人。


原作や今までの映像化作品の金田一耕助が実際どうだったか、というのじゃなくて
私たちが金田一耕助にはこうあってほしい、と思う金田一耕助、というかんじです。


時代設定としては、70年代に作られた市川崑版横溝正史ものとは
ほとんど変わらないんですが、
やっぱり70年代と96年じゃ、物語の解釈は変わってくるはず。



逃げようと思えば逃げられるはずなのに
それをせずに自分を苦しめる世界にとどまり続ける女性たちと
それをどうすることもできずに見つめる金田一耕助、
という構図も、たぶん90年代の観客にはもう
リアリティがなくなってしまったのじゃないかと思います。


「八つ墓村」も、自分を犠牲にして耐え忍ぶ美也子や春代より
後先考えず興味のあるものに向かって行く、
天真爛漫でふしぎちゃんな典子の方が観ていて共感しやすいんです。


時代とともに価値観が変わって、
しきたりに縛られ苦しむ女性がいなくなれば
彼女らを哀れむ金田一耕助という存在も必要ではなくなるのかしら、と
夕暮れの光の中で金田一さんがぼんやりカバンの中身を見つめ
もの思いに耽る妙に切ない場面を見ながら思いました。


「八つ墓村」は、なんとなく
「金田一耕助ものを撮るのはこれが最後」という意識が
作り手側にあったのじゃないかなあと思います。

金田一さんの映るシーンの一つ一つが、
惜しむように撮らているような感じがするんです。
うまく説明できないけど。



最近もたま〜にテレビで金田一耕助もの、やってますけど、
チャーミングな金田一さんはたくさんいるけど、
やっぱり、もう天使としての金田一さんはいないですね。

あの時代だからこそ、彼は存在したのだろうなと思います。






ラスベガスをやっつけろ






手に入る限りのドラッグをトランクに詰め、
ラスベガスへ向けてまっ赤なシボレーで走る
ジャーナリストのデュークと弁護士のゴンゾー。

旅の目的はアメリカン・ドリームを見つけること。

だけど二人を待ち受けていたのは、
奇妙な連中とうんざりするような現実。

アメリカン・ドリームは、一体どこにあるんだ?




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原作はハンター・S・トンプソンさんという
ジャーナリストによる小説です。
(翻訳は室矢憲治さん版と山形浩生さん版の2種類出ています)
独特の文体と取材スタイルを持っている方です。
ぶっ飛んでいらっしゃる。

そして原作の挿絵もまた最高にかっこいいんです。
ラルフ・ステッドマンさんという方の作品なんですが
こちらもまたぶっ飛んでいらっしゃる。
それでいて、やっぱりイギリスの風刺の効いた
美しい挿絵の伝統を引き継いでいるのだろうなと
思わせる、奇妙な魅力があります。



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原作がぶっ飛んでいれば映画だってぶっ飛ばしています。


モンティ・パイソン出身のテリー・ギリアム監督作品なので
映像はこれでもかってくらい豪華ではちゃめちゃでキュートです。

主演はジョニー・デップさんにベニチオ・デル・トロさん。
イケメン俳優ですが髪を抜いたり20キロ太ったりしているので
あんまり面影がありません。特殊メイクじゃないんだそうです。

ちょい役のキャストまで豪華すぎるくらい豪華です。
音楽もおしゃれでかっこいい。



それで、どんな話なのかというとよくわからない。



難解なわけじゃないんです。

ヤク中の二人組がラスベガスに行って大騒ぎして、
帰ってきて、おしまい。

その道中でもちろん色々なことはあるんですが、
命がけのサスペンスも情熱的なロマンスもなく
変な二人組が大騒ぎしているイメージしかなくて、
どんな話なのかうまく説明できないんです。


でもこれが、きっとこの映画の本質だと思うんです。


作品の舞台は1971年。
山形さんが訳者あとがきで書かれていたのですが
「60年代の熱狂がおさまり、すでにヒッピー革命も
ドラッグ革命も、みんなが期待したような形では起こらないのが
明らかになりつつあった」時代なのだそうです。

それでもまだ革命に夢を託している人もいて、
その一方でベトナム戦争は泥沼化していて、
そういうごちゃごちゃした時代を描いているのがこの作品。


映画の中で、ものすごい熱狂のあと
主人公のデュークが突然、夢から覚めたように冷静になって
過去と向き合い始める場面があります。


私はこの時代をリアルタイムでは知らないので
「うんうん、わかるわかる〜」とならないのですが
やっぱりこのあたりの時期を題材とした作品には
同じような熱狂と突然の失望があるような気がします。

「イージーライダー」の主人公たちがあっけなく殺されるラストシーン、

僕がこの国を守るんだと意気込んでベトナムに来たけど
結局、罪のない人々を苦しめていたのは自分たちだったと
知る「プラトーン」のクリスや

かつては理想のために戦った勇敢なヒッピーだったのに
中年になった今は負け犬扱いされる「ビッグ・リボウスキ」の
ザ・デュードなど。



「ラスベガスをやっつけろ」も、
華やかで豪華絢爛な大騒ぎの映像が続くぶん、
ふと我に返ったときにはむなしさしか残らないんです。



でもそこでめそめそしないのが、この作品の素敵なところ。


結局彼らが探していた「アメリカン・ドリーム」は
見つからなかったのかもしれないし、
もともとそんなものは存在しなかったのかもしれません。


それでもデュークとドクター・ゴンゾーは飄々として
うすら笑いさえ浮かべて、ラスベガスを去っていきます。

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若い頃に信じていた理想や夢が間違っていたことに
気がつくのって、つらいことです。

それでも人はそれなりに楽しく生きていけるんだなあ、
と思った作品でした。








ある衝撃的な映画の話





暖かい励まし、ほんとうにありがとうございました。
おかげさまでだいぶ元気になりました。

最近の私の楽しみは
「おんな城主直虎」の予告を見ながら
サブタイトルの元ネタはなんだろうと考えることです。

来週の副題は「死の帳面」…デスノートか。





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パイレーツ・オブ・カリビアンとは全く関係なく
私が、今まで観てきた中で(といっても大した数じゃないけど)
いちばん衝撃的だった作品の話です。




それは学生時代に一度だけ観た作品なのですが
動かないんです。
モノクロの画面で、風景や人の写真が映されるだけ。
私にはわからない国の言葉でナレーションがぼそぼそと流れて、
乱暴に言ってしまえば、スライドショーです。


正直、退屈でした。
眠くなりました。


今にも眠りそうになった時でした。

写真の中の女性が、まばたきしたんです。


魔法のような一瞬でした。
いきなり後ろから頭を殴られるような衝撃でした。


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ただ、うつらうつらしながら観ていたものだったので
写真が本当にまばたきしたのか、私の見間違えだったのか
確信がありませんでした。

そのあとはちゃんと起きて続きを見たのですが、
他の写真は全く動きませんでした。




あとで調べてみたら、
この作品が優れた映画として世界中で愛されていること、
この一瞬のまばたきは作者の意図的なものだったとわかりました。
(SF好きの方ならもうどの作品かおわかりですね)


要は、静止画の中に動画が1回だけ紛れ込んでいた、
というだけのことなのですが
それがものすごく大変なことに思えたんです。


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映像は自分が生まれる前から当たり前にあったものだから、
「映像が動く」ということに対し、それがいかにすごいことであったか
考えたこともありませんでした。
動かないと思っていたものが動く驚き、
死んだと思っていたものが実は生きていたことを知ったような衝撃、
と言えばわかるでしょうか。



また内容を調べたら、
それがまたぞくぞくするストーリーでした。
こんなに素晴らしい映画で、よく眠くなったもんです。
今タイムマシンがあったら、あの日うとうとしていた
18歳の自分をぶん殴りに行きたいです。


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現在の形に近い映画を発明したリュミエール兄弟の撮影した
汽車の到着の映像(1896年)を初めて観た人たちは
スクリーンの中の汽車がこちらに向かってくると思い込んで
みんな慌てて逃げ出した、という逸話を聞いて
「昔の人はこれぐらいでねえ…」と思っていたんですが
まさかまばたきの映像にこれほど愕然とするとは。


これより衝撃的な映像なんて、いくらでも見たことがあるはずなのに、
この女の人のまばたきを超える衝撃はたぶんないです。


それぐらいすごいです。
たとえ私が自分の名前を忘れても
彼女のまばたきは忘れないと思います。

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肝心の作品のタイトルや作品の内容ですが、
ここでは申し上げません。


感動を独り占めしたいわけじゃなくて、
ここでタイトルやストーリーを言ってしまうと
「なるほど、これは一瞬だけ動く映画なんだな」と
先入観を持ってしまって、驚きや感動が半減してしまうからです。


この作品は、なんにも知らずに、偶然観るべきだと思うのです。


ある有名なハリウッド映画の原案となった作品(らしい)
ということだけお伝えしておきます。

もう一度見たいとは思っているのですが、
初めて観たときと同じ感動は、2回目はないだろうな、と思います。




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