光る眼




都市から離れた小さな村。
住民たちは平和に暮らしていました。

しかしある日突然、村の人々が一斉に失神する事件が起こります。
その後、村じゅうの女性が同時に妊娠。
生まれてきた子供たちは皆銀色の髪に無表情。
仲間内の連携は異様なほどに強い割には
他者に対する思いやりを一切持ちません。
子供たちの光る眼に見つめられた大人たちは
次々と謎の死を遂げました。

村の医師チェフィーは、子供たちに村人たちとの共存を訴えます。
しかし子供たちは説得を受け入れず、
村人たちは一人また一人と死んでいきます。

耐えられなくなった人々は、ついに子供たちを村から追い出そうと
立ち上がりました。
光る眼の子供たちの一人の母親ジルは
息子デイヴィッドには他者の気持ちを思いやる心があると信じ
救出に向かうのですが…


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1960年の映画「未知空間の恐怖/光る眼」のリメイクです。
こちらは大人の子供たちの世代のカウンターカルチャーに対する
恐怖を象徴する作品なんだそうです。

光る眼の子供たちというのは地球人の腹を借りて生まれた宇宙人らしく、
彼らは常に集団で意識を共有しています。
50〜60年代に生まれの人々の中には
ヒッピーになって家族ではなく同じ価値観を持つ仲間同士で
共同体を作って生活することを選ぶ若者も多かったそうです。

子供たちの考えが理解できない大人の世代には
ヒッピーたちはエイリアンみたいに不気味で恐ろしい存在に
思えた、というのがこの映画で描かれているのだそうです。


若者の作り出す新しい文化によって自分たちの価値観が
否定されることへの大人の危機感、というのは
「ボディ・スナッチャー/恐怖の街(1956)」「地球最後の男(1964)」
等でも描かれているので当時の人にとって切実な問題だったのかなと思います。


それでこのリメイク版は1995年の作品です。
60年代の不安を描いた作品がなんでまたリメイクされたのでしょうか。
ここから下はあくまでも私の推測です。


90年代以降に生まれた人は
小さい頃から当たり前にパソコンなり携帯電話なりがあって
親が見ていないところで情報に触れたり誰かと連絡を取り合うことが
割と簡単にできた世代なんじゃないかと思います。

それでネットやSNS上で知り合った仲間同士で
運動や革命やテロを起こして世界を変えてしまうということが
実際に起きているんですよね。
ネットに詳しくない人だったらすごく不気味に感じるんじゃないかと
思います。

映画の中でも子供たちは親の知らないところで意識を共有し
よくわからない超能力で大人を簡単に殺してしまいます。

この映画がどこまで意図しているのかわからないのですが
若者が新しいメディアで新しい文化を作ってしまうことへの
恐怖感みたいなのが予言されているのかも、と思いました。

あと、光る眼の子供達は常に連携しているけど、
お互いの間に思いやりとか愛情といったものは一切ありません。
一人だけ感情を持っている子がいるのですが、
その子に対して他の子は「あんたは出来損ないだ」と冷たいんです。

これって、SNSなんかで「既読」や「いいね!」を付けてくれない友達を
平気でブロックしたり、空気読めない奴は無視、みたいな感じに近くて、
お互いいつも繋がっているはずなのに、なんだか冷たくて
いつも相互監視しているみたいでそれが苦しい、っていうところに
ネットいじめの感覚にちょっと似ているような気もしました。
考えすぎか。




あと、子供たちの暴走を止めようとする大人を演じる俳優の中に
クリストファー・リーヴさんとマーク・ハミルさんがいるんです。
スーパーマンとルーク・スカイウォーカーです。

70〜80年代に優しく頼もしい正義の味方を演じた彼らが
得体の知れない不気味な子供たちにやすやすと考えを読まれてしまう姿は
なんだか見ていてショックな気がしました。
ハミルさん演じる牧師が子供たちの超能力で
自殺に追い込まれてしまう場面があるのですが
「フォースを使ってくれ!フォースを!」って思いました。

リーヴさん演じる医師は最後、子供たちの暴走を止めるべく
自らを犠牲にするのですが、その姿は英雄的なんですが
やっぱりちょっと辛くて痛ましい感じがしました。

キラキラしたかっこいいヒーロー像、というのが
この作品では若い世代に冷たく否定されているように感じます。
不況の時に生まれたからかなあ(適当)。



とはいえ、この作品では最後に子供に理解を示そうとする親と
大人の悲しみに共感する子供が生き残ります。
親子がこの先歩む道の厳しさを予感させる終わり方でしたが
それでも二つの価値観は共存させようと思えばできるんだよ、と
かすかに希望を感じさせる作品だったように思います。


あと、90年代生まれの子供が大人になった今でも
スーパーマンの映画はたくさん作られているし
スター・ウォーズにもやっぱりルークが戻ってくるし
解釈は多少変わってはいますが
若い世代の人々も本当は昔ながらのヒーロー、
好きなんじゃないかと思います。
暗い映画ばかりだと気が滅入りますしね。







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話は変わりますが「おんな城主 直虎」
次郎法師、今週いよいよ城主になるんですね。
私はやっぱり瀬名姫のことが気になってしょうがないです。


このドラマ、毎回サブタイトルがおもしろいなあと思っていたら
ジブリ映画や007、チャン・イーモウ監督の作品なんかを
もじって決めているのだそうです。
そういうところの遊び心も素敵ですね。




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エクセス・バゲッジ シュガーな気持ち と 或る夜の出来事








いつも仕事のことばかり気にして、自分に冷たい父親の気持ちを試そうと
誘拐を装って車のトランクに隠れたエミリー。

しかしその車は彼女を乗せたまま、泥棒のヴィンセントに盗まれてしまいます。
車の中にエミリーがいたことに気づいた彼は大慌て。
ひとまず彼女を家まで送ることになりますが
彼は誘拐犯として指名手配されてしまうことに。

エミリーはとんでもなくわがままで自己中心的な性格で手に負えず、
おまけになぜかCIAにまで追われることに。
果たして二人の逃避行の行方は?




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私、どうも恋愛映画が苦手です。

差別や偏見、時代背景、家族の反対、戦争や病気、世界の破滅、沈みゆく豪華客船など
本人たちの力ではどうにもできない大きな力に引き裂かれそうになりながらも、
それでも抗って愛を貫く恋人たちの話だったら
応援したい気持ちになれるんですが

そういう障害は何にもないのに、お互い本当は好きなくせに
「あいつが目の前にいるとなんだかソワソワしちゃって素直になれないの☆」
みたいな高校生の恋愛ものには全力で舌打ちします。

そういう作品が悪いと言っているんじゃないんです。
私自身がそういう体験に恵まれなかったんで、
10代の頃のいろんなねたみそねみを思い出してしまって楽しくないんです。
恋愛映画を作っている人たちのことは大いに尊敬していますよ。本当に。




そんな非リア充の私でさえときめいてしまったのが
「エクセス・バゲッジ シュガーな気持ち」です。

なんでこんなふざけた邦題の映画を見ようと思ったのかというと
ベニチオ・デル・トロさんが主演だからです
(私は三度の飯よりこの人の出ている映画が好き)。

とにかく主演の二人が素敵なんです。
わがまま娘と気の弱い車泥棒、
はじめはいがみ合っていたのにいつのまにか恋に落ちて、
でもやっぱり素直になれなくて…という
私の大嫌いなありがちな展開なんですが、
「周囲の反対も戦争もないんだから、さっさとくっつけばいいのに!」
というへりくつも入る余地のないくらい魅力的なツンデレカップルです。



エミリーちゃんがとにかくかわいいんです。
しかも吹き替えが林原めぐみさんなんです。かわいさ倍増。
デイヴ・マシューズ・バンドにウォールフラワーズです。サントラが。
ファッションや音楽やあらゆる部分に、
90年代の空気感がすごくみずみずしく詰め込まれているんです。





ところで、わがままな金持ち娘に振り回される男の恋愛もの、
という展開にどうも見覚えがあるので考えてみたら
ルーツはこの映画にあるんじゃないかなあと思い至りました。


「或る夜の出来事」

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ルーツ、というよりほとんど同じ内容なんです。

⑴自分を理解してくれない父親に反発した金持ちの娘が家出する。
⑵さえない男が偶然彼女に出会い、家出に付き合うことになる。
 しかしお互いの第一印象は最悪で、ずっといがみ合っている。
⑶娘を追う人々から逃げているうち、ピンチを共に乗り越えた二人は
 親密になる。
⑷結局は娘は父親に連れ戻されてしまうが最終的に彼女は男の元へ向かう。


「或る夜の出来事」は1934年の作品です。
当時のハリウッド映画の表現には厳しい規制がかけられていました。

暴力は映しちゃだめ、飲酒もドラッグもだめ、性描写なんて絶対だめ。
ベッドのある部屋に男女が一緒に映っているだけで
青少年の健全な育成に悪影響だと怒られる時代だったのだそうです。

だから映画の制作者たちは頭をひねり、
過激な描写を一切せずにいかにハラハラドキドキの映画を作るか
試行錯誤を重ねました。

それでノワール映画などは独特のミステリアスで象徴的な表現が
確立されていったそうです。
ラブコメディの分野ではこの作品が規制を逆手にとって
おしゃれで楽しい表現をたくさん生み出しました。

結婚前の男女が一つの部屋で寝ることが許されないのならと
寝室の真ん中に毛布で仕切りを作り(有名な「ジェリコの壁」というやつ)
晴れて結婚したら壁を壊すラストシーンで二人が結ばれたことを表現しています。


50年代に入ると年齢制限を設けることで
暴力や性の表現が解禁されて
「イージー・ライダー」や「俺たちに明日はない」みたいな
アメリカン・ニューシネマと呼ばれる
セックスドラッグバイオレンスな殺伐とした映画も
ハリウッドで作られるようになったそうなのですが
それはともかく、



よくよく考えると、「エクセス・バゲッジ」は「或る夜の出来事」
を90年代に置き換えただけなんですね。

「或る夜の出来事」では最後には娘のエリーが父親の理解と祝福を得て
ピーターと結ばれる、という結末に対して
「エクセス・バゲッジ」ではエミリーは父親から理解されることはありません。
それでも自分の存在を認め理解してくれるヴィンセントと出会ったことで
彼女は父親のことを諦めヴィンセントと生きていくことを選択します。
その辺りは時代や価値観の違いをしっかり考慮した結果だと思います。


私は「或る夜の出来事」を学校の授業で見たのですが
(だから今回の解説は丸ごと授業の受け売り)
同級生の女の子たちが「やばいこの映画!超萌える!」
と大興奮だったので、やっぱり良い作品は時代も国も越えて
観客の心を動かすものなんだなあと思いました。
過激なものに慣れた世代だったら、こういうクレバーな表現は
かえって新鮮に見えるかもしれないですし。


だから「或る夜の出来事」のDNAを受け継ぐ「エクセス・バゲッジ」も
暴力や性の表現が自由にできる90年代に作られながら
過激な表現がほとんどなくても当然やっぱりおもしろいわけです。

最初のシーンでは孤独な少女エミリーは一人で車のトランクに入るのですが
ラストシーンでは彼女はヴィンセントとキスしながら楽しそうに
二人で車のトランクに入っていくわけです。
そのままヴィンセントが内側から器用に足でトランクを閉めて映画はおしまい。
エミリーが父親から独立し、孤独から解放されたことが
この場面で幸せいっぱいに表現されているんです。



というわけで、
あんまり知られていない映画ですが
「エクセス・バゲッジ シュガーな気持ち」すばらしい作品です。
難しい話は抜きにしても、
ベニチオ・デル・トロさんの出演作品にハズレはなしです。





 

不思議惑星キン・ザ・ザ







平凡な男マシコフは妻に頼まれ買い物に街へ出ます。
すると学生のゲデバンから声をかけられます。
「宇宙人と自称する変な男がいます。話を聞いてあげてくれませんか」
その自称宇宙人は二人に瞬間移動装置を見せました。
そんなことあるわけない、とあきれる二人でしたが、
いつのまにか装置によって別の惑星に飛ばされてしまいます。

途方にくれるマシコフとゲデバン。
そこに不思議な形の宇宙船が降りてきて、
中から現れた宇宙人二人組、ウエフとビーが呼びかけます。
「クー!」


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わけがわからないです。
え?なんでこうなったの?
の、連続のソビエト連邦時代のSF映画です。


宇宙ものSFだから派手なエフェクトやかっこいいアクションが
あるものと思って観たら脱力です。
砂漠の星やボロボロの衣装や機械に
マッドマックスのようなディストピアな雰囲気は感じるのですが
陰惨さや過酷さはなく、みんなのんびりとしています。
とにかく、アメリカや日本のSF映画を見慣れた人が観たら
あまりのゆるさに困惑すること間違いなしです。


見知らぬ星に放り出されたマシコフとゲデバンは
奇妙な宇宙人の二人組と旅をすることになります。
この星ではステテコの色によって階級が分かれており
身分が低い者は鼻に鈴をつけ、
身分の高い者に形式ばった挨拶をしなければなりません。

(この挨拶というのが
足を広げ中腰に立ち、両手を広げて
「すしざんまい!」みたいなポーズで「クー!」と叫ぶのですが
この映画観たら絶対やりたくなります。
ちなみに「クー」という言葉はどんな意味にでも使える万能語)


とにかく何もかもヘンテコでなにこれ〜という感じなのですが
だんだん、このヘンテコさには理由があることがわかってきます。



彼らの旅を邪魔するのは
エツィロップと呼ばれる権力者たち。
いばりちらして、民衆を武力で押さえつけます。

「エツィロップ」という言葉は
ロシア語で「警官」を意味する言葉を逆さまに
したものなのだそうです。
この映画に出てくる理不尽で奇妙な身分制度は
ソ連時代の官僚主義を皮肉ったものだったようです。

また、マシコフたちがたどり着いた「アルファ星」では
若く美しい人々が緑に囲まれて暮らす天国のような星に見えますが
彼らは他の星から来た人々が美しい空気を汚すからといって
ウエフとビーをサボテンに変え排除しようとします。

このあたりの描写にも、
国家や民族をめぐる問題が象徴されているようです。


この映画が「しっかりした」政治批判SF映画だったら
ソ連時代に検閲をくぐり抜け公開されることはなかったかも
しれません。
このゆるい雰囲気は、多くの人にメッセージを伝えるために
選び抜かれた手段だったようです。



あんまり関係ないですが、
私はこの映画を見て、なんとなく雰囲気が
韓国の怪獣映画「グエムル 漢江の怪物」
に似ているような気がしました。

この映画では怪物に娘を殺されたと思い込んだ一家が
遺影の前で泣き崩れる場面があるのですが、
その泣き方が凄まじいんです。
家族全員、床をのたうちまわってわあわあ泣くんです。

初めて見たときは奇妙なシーンに思えたのですが
ここまで大げさではないにしても、
韓国で大きな事件や事故があった時に
激しく泣いたり怒ったりして政府の対応を批判する
被害者の遺族の映像をニュースで見たことがあるんですね。
たぶん、韓国の人にしてみればこのシーンは
ユーモラスだけど、リアリティのある表現なんじゃないかと思います。


また、「シン・ゴジラ」でも
ゴジラが現れた時に自衛隊を出動させるのか、
その場合の憲法解釈はどうすれば良いのかをめぐり
政治家たちが延々と議論するシーンがありました。

私が外国人の観客だったら
「なにをずーっと議論してるんだ?さっさとゴジラをやっつけろよ!」
と不思議に思ったと思います。
でも日本の観客はニュースで同じような映像を見たことがあるから、
この場面があたかも現実であるように感じられます。



同じように当時のソ連の人々も「不思議惑星キン・ザ・ザ」を見て
ああ!わかるわかる!と思ったのじゃないかと思います。
SF映画はあり得ない状況やユーモラスな表現を使って
現実を鋭く描いているものが多くて興味深いです。
しかも、批判するだけじゃなくて
最後には観ている人を勇気付けるような結末のものが
多いのも素敵なところです。


「キン・ザ・ザ」でも、主人公の二人は
どんな状況でもお互いや宇宙人たちを信頼する心を忘れません。
ウエフとビーが逮捕されれば、自分たちが地球に帰るチャンスを
捨ててでも彼らを救出に向かいます。

はじめは理解し合うことのなかった地球人と宇宙人の間に
いつのまにか(ほんとにいつのまに芽生えたのか)友情が芽生え
差別や争いに立ち向かってゆきます。
理不尽で不条理な展開が多い作品ですが、
人々があまり悲観的にならず飄々としているのも
見ていて気持ちが良いです。


私は勉強不足で
当時のソ連がどんな状況だったのか、まだまだ
知らないことだらけではあるのですが
でも力強さや勇気をこの映画から感じました。

そういう熱いメッセージを
暑苦しくならず、ほんとにゆる〜く表現しているところが
この作品のまたすごいところだなあと思います。



この映画のすごさについてもっとたくさんお話ししたいのですが
私の知識ではこれ以上は語れません。
この作品に関して適切な表現があるとすれば
クー!
の一言に尽きます。






















今週の(?)「おんな城主 直虎」など








溜まっている絵を貼ります。



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キャリー・フィッシャーさん、
「ローグ・ワン」を見たときはまさかその数日後に
亡くなるなんて思いもしませんでした。
まだまだ若い方だと思っていたのでとてもショックです。

今後の「スター・ウォーズ」はどうなるのでしょうか…
「ローグ・ワン」ではCGと別の俳優さんの演技を合成して
若い頃のレイア姫が再現されていてびっくりしましたが
できれば生きた俳優さんの姿を拝見したいですね^^;

次作「最後のジェダイ」が遺作になるとのことで
ご冥福を祈りつつ、
もう1度だけ生きたレイア姫が見られるのを楽しみに待っています。




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昨日の「おんな城主 直虎」、
直親の正室しのを叱咤激励する次郎法師さん
とってもかっこよかったです。

来週は桶狭間の戦いですよ!

ところで、この前BSで今川義元の特集番組をやっていたんですが
彼がナヨナヨした弱い武将というイメージがついてしまった理由が
検証されていました。

それには出陣するときに彼が輿に乗っていたことに
原因の一つがあるのだそうです。

義元は母親が公家出身ということもあり貴族文化を好んだため、
そして輿に乗ることで自分の地位の高さを見せつけ
敵を威圧するためという理由があったそうです。

しかしその姿を見た人々は
輿に乗るなんて体が弱いんじゃないか?
足が短いんじゃないか?(失礼)
と勘違いしてしまい、今のイメージが定着する原因の一つに
なってしまったとのことでした。

とはいえ、次回の予告編で見た昇太さんの義元は
輿に乗る姿がまた不気味さ満点でしたので
織田方も逃げ出しそうな気がします。


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登場シーンは短いのですが
瀬名姫(築山殿)と元信(のちの徳川家康)の夫婦がかわいくて好きです。
毒舌なようで次郎法師や家族を大切にしている瀬名姫が特に好き。

と思ったら、彼女にはこの後苦難の生涯が待ち受けているとのこと。
しかも悪女として知られているようです。
このドラマだととても優しい女性として描かれていて、そんな悪女になるとは思えません。

時代劇で、史実上悲しい死に方をする人物を素晴らしい俳優さんが演じていると
視聴者が「この人を殺さないでください」と手紙を送ったりするそうですが
菜々緒さんの瀬名姫があまりにも素敵なので
私も「どうか築山殿を幸せにしてください」と
NHKに嘆願書を送りたい気分です。



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ミナミの帝王
1作目から順番に見ればいいのに
飛び飛びにDVD借りてしまって、再生したら
「あっ!これこの前観たやつだ」
ってことが度々あるんですよ。
どうしたらいいのか。



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もうこの辺りで記録ノートとしての役割を見失ってきています。

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かわいさにこだわった「犬神家の一族」

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ケイティ・ペリーさんのインスタ写真の模写です。


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絵の量に比べて文章が非常に薄っぺらく
申し訳ないですが次回はちゃんと書きます。

ありがとうございました

渚にて








度重なる核戦争の後、
北半球の国々は放射能に覆われ死滅。

地球上で人が住めるのは南半球だけになった世界。
オーストラリアに住む女性モイラは
アメリカの潜水艦スコーピオン号の艦長タワーズと
出会います。
お互いに惹かれ合う二人、
しかし放射能はゆっくりと南半球にも降りてきており
人類の終末は刻一刻と迫ってきます。

そんな中、誰もいないはずのアメリカから
断片的なモールス信号が送られてきます。
スコーピオン号は生存者を探しに出航するのでした。



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人類の終末を描いたSFではありますが、
派手な戦いも天変地異も大パニックもありません。
静かで淡々として、とても美しい作品です。




このあとネタバレです。
ネタバレばかりですみません。

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