トレジャーハンター・クミコ / ムカデ人間2









クミコは東京で暮らす28歳のOL。

無気力な仕事態度を上司にいびられ、
いい歳して結婚もしないで、と母親に社長に責められる毎日。

唯一の理解者はウサギのブンゾー。
唯一の趣味は映画「ファーゴ」のビデオを繰り返し観ること。
彼女はいつしか、映画の中で隠された大金が、
まだ雪の中に眠っているのではと考えるようになります。

偶然社長のクレジットカードを手に入れたクミコ。
息苦しい毎日を捨て、ノースダコタ州ファーゴへ向かったのでした。


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この作品のモチーフとなった「ファーゴ」はこちら


本家「ファーゴ」はいかにも現実の出来事のように描きつつ
実はまったくの作り話だったという話ですが
「トレジャーハンター・クミコ」は都市伝説に着想を得た作品です。

それは「ファーゴ」で最後、雪の中に置き去りにされた大金を探しに
ファーゴを訪れて凍死した日本人の女性がいるらしい、というもの。

実際に「ファーゴ」のファンだった日本人女性が
映画の舞台を訪れて凍死してしまった、という事件はあったとのことですが
警察に保護された時、言葉が通じなかったようで
彼女が「ファーゴ」となんども言うのを聞いた警察が
「この人、映画の大金を探しにきたんじゃないか」と
誤解してしまったことからこうした都市伝説が生まれたそう。


この作品はこの都市伝説からイメージを膨らませて生まれたものなので
やっぱり作り話です。




クミコは他者とのコミュニケーションがまったくとれません。

いつも憂鬱そうな顔をしていて、無気力で、
他人の優しさを拒絶するばかり。

ただ、「ファーゴ」のビデオだけはものすごい集中力で観ています。
映像に映る背景から距離や位置を割り出して大金が隠された場所を
探ろうとする姿は狂気的です。


ただ、「ファーゴ」はフィクションなんです。
たとえロケ地に行ったところで、大金なんかありっこないんです。

だけど、彼女は大金はそこにあると信じ、
いくつものリスクを冒してファーゴの町を目指すのです。



社会は30歳を目前に結婚もせず地位も財産もない女性クミコを
まるで厄介者のように扱います。
彼女には何かすがれるものが必要だったのです。
誰にも理解してもらえなくても、自分にしかできないことを成し遂げること。
それが「ファーゴ」の大金だったのです。




フィクションを現実と信じるイタい映画マニアの悲劇…
を描いた作品をもう一つ(追記)。


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哭声(コクソン)







田舎の小さな村、谷城(コクソン)。
のどかだったこの村で、突如多発する猟奇殺人。
犯人はいずれも被害者の家族でした。

捜査にあたる警察官のジョングは
山奥に住む謎の日本人の男が怪しいと聞きます。

彼の家には、怪しげな祭壇と事件現場の写真。
そしてなぜか、ジョングの娘の靴。
ジョングは男を問い詰めます。
しかし彼の正体は分からないまま。

そして間も無く、ジョングの娘は
何かに取り憑かれたかのように奇行を繰り返すように。
心配した家族は祈祷師のイルグァンを呼びます。

イルグァンは言います。

あの男は人間ではない。

釣り人が魚を待つように、
餌にかかる犠牲者を待っている悪霊なのだ、と。


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わけがわかりません。
ただ、怖い。


簡単に説明すると、
平和だった村に悪霊がやってきて
村人たちを操り殺人事件を起こし、
主人公の警察官と祈祷師が立ち向かう
というもの。

ただこれは表面的な筋書きでしかなくて、
誰が悪霊で、誰が正義の味方なのか
誰が本当のことを言っているのか
全く分からないままです。

私も一応あらすじを書いてはみましたが、
本当はまったく的外れなことを書いてしまったかもしれません。

「羅生門」みたいに、
たぶん、誰の視点でこの物語を見るかによって
全然違う話になると思います。


ところどころに散りばめられた
聖書の引用やキリスト教のイメージが謎を解くヒントに
なるのかもしれないんですが、
いかんせんわかりません。


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こう書くと、いかにも難解でとっつきにくい作品のようですが
この作品、すごく面白いです。

おどろおどろしくて奇っ怪で不気味、
それでいてとてもキュートでチャーミングです。
なぜか分からないけど、笑えます。

これだけ不可解でおぞましいのに
わくわくするエンターテインメントとして成立させているのが
すごすぎです。


孤立した村、連続猟奇殺人、森の中に住む悪魔、怪しい儀式、
フロントガラスを覆い尽くす鳥の糞、
ありえない量の嘔吐と鼻血、ゾンビ、謎の女、
悪霊に取り憑かれた少女、追い詰められる警察官。

少なくとも、人がホラー映画に求める要素は
この作品の中に全部ある…と思います。



この作品の他にも
ゾンビアクションものの「新感染」
ディストピアな香りのSFファンタジー「オクジャ」
官能サスペンスの「お嬢さん」など
最近の韓国映画、クセが強くて面白そうなのがたくさんあるので
再び韓流映画ブームが起きそうです(私の中で)。


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全然関係ないですけど、
ブルゾンちえみさんのマラソン完走すてきでした。

疲れているはずなのに
3人でポーズとったりしてサービス精神旺盛で
かっこよかったです。




嫌われ政次の一生






「政次が行くと言うのなら、われが送ってやらねば」


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見ました、昨日の大河…

すごすぎてトラウマになりそうです。



この人が死ぬのはわかっていたんですが
こんな凄まじい死に方するとは思いませんでした。


「地獄の底から見届けて…」で泣き
「白黒をつけむと君を独り待つ」で泣き、
予告の「もう、但馬はおらぬのでしたね」
で大号泣です。

今まで、直虎と政次が碁を打つシーンが
やたら多いなと思っていたら
それが彼の唯一の楽しみだったのですね…


「嫌われ政次の一生」
それにしてもうまいタイトルです。



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白黒をつけむと君を独り待つ
天伝う日ぞ楽しからずや




アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場




イギリス・アメリカ・ケニア軍はナイロビの隠れ家に潜む
テロリストたちをドローンで監視しながら捕獲しようとしていました。

ドローンから送られてくる映像から、
テロリストは今まさに自爆テロを行う準備中であることが発覚。
捕獲は中止し、テロが起こる前に隠れ家を爆破することに。

しかし隠れ家の近くの路上で、
女の子が一人、パンを売っています。
このまま隠れ家を攻撃すれば、この子が巻き込まれるのは確実。

しかし爆破を見送れば、
テロによってさらに多くの民間人が命を落としてしまうのです。

今、危機にさらされる一人の命か、
これから失われる大勢の命か。
各国の軍人や政治家たちは論争を繰り広げます。
安全な部屋の中で。



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久々に、ひどく後味の悪い映画を観ました。




各国の政治家や軍人たちはみんな、世界中の色々な場所にいて、
安全な司令室や会議室のモニターから、
現地から送られてくるドローンの映像を観ています。

テロリストの隠れ家にミサイルを撃ち込むのも遠隔操作なので
オペレーターは現地にはいません。


テロリストの潜む家の目の前で、小さな女の子がパンを売っている。
英米の政治家たちは現地の工作員にパンを買いあげさせて
女の子を家に帰らせようとしますが、
仕事熱心な女の子はその場を動きません。




民間人が巻き込まれることがわかっているのに
攻撃を行ったことが発覚すれば、後で大変な問題になります。

かといって予測できたはずのテロを見て見ぬ振りをしたとなれば
それはそれで、大変なバッシングを受けることになるでしょう。

誰も責任を取りたがらず、最終決定はたらい回しになってしまいます。



倫理的な問題に加え、大きな責任問題ともなりうるので
どちらにしても苦しい決断が迫られるのです。



ここからネタバレです。

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八つ墓村(1996年版)





神戸で会社員をしていた孤独な青年辰弥。
ある日自分が旧家の跡取り息子であったことを知らされます。

彼は母の故郷だという八つ墓村を訪れますが
彼の帰郷をきっかけに村では次々と殺人が起こります。

事件には、戦国時代にまで遡る
恐ろしい伝説が関係していました。

謎を解きに現れたのは、金田一耕助と名乗る奇妙な人物。


辰弥は、自分の生い立ちに関わる悲しい事実と
連続殺人の犯人に対面することに。




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はじめて観たときに、
他の金田一耕助ものとちょっと違うなあと思ったのは



登場人物が割とみんな穏やかで、
がつがつしてないからなんだと思います。
金とか権力とか、女とかに。

過去の回想の殺人シーンはおどろおどろしいんですが
現代の場面はドライ、というか
70年代の市川崑版横溝正史ものにあった
どろどろした雰囲気があんまりないんです。







市川崑監督版なので(というか、原作通り)
今回もやっぱり「犯人は、女です。それも、美しい」。

彼の作品だと、原作では男性が犯人のものでも
女性に変えちゃうことがあるようです。



「八つ墓村」を観ていて思ったのが、
この時代の、古い伝統の残る村の大きな家では
若い女性の発言権があんまりないらしい、ってことに
関係があるのだろうということです。



横溝正史ものの多くに
好きな人と結婚したいけど、
危険にさらされる我が子を守りたいけど、
世間がそれを許さないので苦しむという女性が
たくさん登場します。


都会に出てしまえばもっと自由に暮らせるのに、
彼女たちは古い価値観の残る村に縛られている。


せめて、自分の大切な人には同じようになってほしくない。

自分の苦しみはじっと耐える女性たちが、
恋人や子供を自由にするために犯罪に走ってしまう。

という話が、市川崑版だと多いように思います。








石坂浩二さんが70年代に演じた金田一耕助は、
よく天使とか神様のような存在だといわれます。
彼は探偵でありながら、予測できるはずの殺人を全然防げていません。

というより、犯人が全ての殺人を終えるまで
人間の愚かさや悲しさを憐れみながら見つめているような
そんな気すらします。



今回の金田一耕助は豊川悦司さん。
監督が彼の金田一耕助をどういう存在として描いたのか
正確にはわかりません。


でも、石坂浩二さん版のような、天使のような神様のようなという
雰囲気とはちょっと違うような気がしました。

なんというか、金田一耕助の、亡霊、というか、イデア、みたいな。


つかみどころがなくて、忘れられない人。


原作や今までの映像化作品の金田一耕助が実際どうだったか、というのじゃなくて
私たちが金田一耕助にはこうあってほしい、と思う金田一耕助、というかんじです。


時代設定としては、70年代に作られた市川崑版横溝正史ものとは
ほとんど変わらないんですが、
やっぱり70年代と96年じゃ、物語の解釈は変わってくるはず。



逃げようと思えば逃げられるはずなのに
それをせずに自分を苦しめる世界にとどまり続ける女性たちと
それをどうすることもできずに見つめる金田一耕助、
という構図も、たぶん90年代の観客にはもう
リアリティがなくなってしまったのじゃないかと思います。


「八つ墓村」も、自分を犠牲にして耐え忍ぶ美也子や春代より
後先考えず興味のあるものに向かって行く、
天真爛漫でふしぎちゃんな典子の方が観ていて共感しやすいんです。


時代とともに価値観が変わって、
しきたりに縛られ苦しむ女性がいなくなれば
彼女らを哀れむ金田一耕助という存在も必要ではなくなるのかしら、と
夕暮れの光の中で金田一さんがぼんやりカバンの中身を見つめ
もの思いに耽る妙に切ない場面を見ながら思いました。


「八つ墓村」は、なんとなく
「金田一耕助ものを撮るのはこれが最後」という意識が
作り手側にあったのじゃないかなあと思います。

金田一さんの映るシーンの一つ一つが、
惜しむように撮らているような感じがするんです。
うまく説明できないけど。



最近もたま〜にテレビで金田一耕助もの、やってますけど、
チャーミングな金田一さんはたくさんいるけど、
やっぱり、もう天使としての金田一さんはいないですね。

あの時代だからこそ、彼は存在したのだろうなと思います。






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