ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス






ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーとして宇宙の平和を守る
クイル、ガモーラ、ロケット、ドラックス、グルートの5人。

しかしロケットが貴重なバッテリーを盗んでしまったことで
ソヴリン人たちに追われることに。
5人は強大な力を持つ謎の男に助けられます。
それはなんと、行方不明になっていたクイルの父親でした。
彼はクイルを自らで作った星に連れて行きます。

彼は天界人という、いわば神様のような存在。
彼はクイルにも同様の超能力があるのだと告げます。

はじめて父親に会えた嬉しさと
自分が特別な存在であることを知った興奮で有頂天のクイル。
しかし仲間たちはこの星がどこかおかしいことに
気づき始めたのでした。





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私、映画ではじめて声をあげて泣きました。

なんかもう、わんわん泣いてしまいました。
うるさい客で申し訳ないです。
大笑いするつもりで観に行った映画だったんですが。


このあとネタバレです。

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江戸怪奇譚 【ムカサリ】





江戸時代、裕福な商人の家の娘お咲は
旗本の次男一馬との結婚が決まり幸せいっぱいでした。

しかし一馬はより権力のある家に養子に入るため
お咲との結婚を破談にしてしまいます。
悲しみのあまりお咲は自殺。

一馬は金屏風の前で泣く花嫁の夢を見ます。
目が覚めて窓の外を見ると、遠くの方から婚礼の行列が
こちらに向かってやってきます。
日に日に近づいてくるその行列の提灯には、
お咲の父の家紋。

死んだお咲が、あの世から一馬を花婿に迎えに来ていたのでした。


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珍しくお芝居を観てきました。

暑くなってきたので怪談でも聞いて涼もう…と思ったのではなく
単に主演の山路和弘さんのファンだからです。


この方(私が三度の飯より好きな)ベニチオ・デル・トロさんの吹き替えを
担当されていたので知ったのですが、
吹き替えだけじゃなくてアニメやドラマや映画でもかっこいいですし
数年前に「鑪」という舞台を拝見して
うわー生で観てもかっこいい!と大ファンになりました。
タバコを吸う姿が本当に、渋くてかっこよかったんです。

この方の一人芝居なんで、ぜひ観たいなあと思って
劇場に行ったら圧倒的に女性客が多くてですね、
スタッフの皆さんも、自由席なので混乱が起こらないように
整理券を配ったりといろいろ配慮してくださって
全然混乱はなく和やかに良い席に座れました。
山路さんの人気すごい、今回チケット取れてよかったと
心底思いました。



作品は、なんかもう、すごいの一言でした。


一人芝居なので舞台に一人しか俳優さんはいなくて、
一人で全ての登場人物と語りが行われるんですが
いろんな登場人物や江戸の街並みが見えたのですよ。

舞台にはグレーの着物を着た男性の俳優さんしかいないはずなのに、
白無垢を着た綺麗な花嫁さんが見えたんです。


セットも小道具もほとんどないのに、
血だらけの部屋や、
髪の毛がごっそり入った味噌汁や、
あの世から来た婚礼の行列が
見えたのですよ。

一人芝居ってすごいです。



「ムカサリ絵馬」というのは
山形県村山地方の風習で、事故や病気などで子供を失った親が
絵や写真で架空の人物との結婚を描いてあの世での幸せを祈る、
というものなのだそうです。

この作品でも夢見ていた結婚が破談になった悲しみで
死んでしまった娘のために父親がムカサリ絵馬を作ったことで
元婚約者に襲いかかる恐怖が語られました。

生前のお咲はとてもかわいらしくて、
父親に好きな人がいるのかと聞かれて照れながら畳をむしったりするんですが
その「畳をむしる」という微笑ましい仕草が
あとでものすごく恐ろしく不吉なものとして描写されるんです。

亡き母親の形見として彼女が身につける鈴の音で
白無垢を着て嬉しそうにくるくると回ってみせる様子が
目に浮かぶのですが
彼女の死後はその鈴の音が恐怖の象徴になるんです。


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(似ているかどうかじゃなくてこの作品にいかに感動したかということを察してください)


こうやって書くとそれはもう恐ろしい舞台のようですが
会場は爆笑につぐ大爆笑でした。
登場人物の一人一人に愛嬌があって
「怪奇譚」と言いつつ何だか楽しい雰囲気だったのですが
怖いところはやっぱり怖かったです。

娘の幸せを奪った一馬への復讐を誓う父親の表情なんか、
鬼気迫るものを感じました。


来月も公演のある舞台なので
あんまりネタバレしちゃいけないと思うので
この辺にしておきますが、
すごく怖くて楽しい作品でした。


6月は伊賀市でも公演があるそうです。







ステップフォード・ワイフ(+ちょっとだけ直虎)




ジョアンナはやり手のテレビプロデューサー。
しかし作った番組が過激すぎたことで周囲の反感を買い
職場を去ることに。
心配した夫のウォルターは、一家で静かな郊外に引っ越すことを提案。

新天地のステップフォードは、平和で美しい町。
しかしジョアンナは、この町の女性たちが皆全員揃って専業主婦、
セクシーで親切でいつも笑顔でいることに違和感を覚えます。

この町の女性たちは、何かおかしい。

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ステップフォードの妻たちのファッションが素敵なのですよ。
みんな髪を巻いて、花柄のワンピースを着て、
物腰なんかいつもダンスしているみたいに優雅で。


でも、彼女たちはちょっとおかしいんです。
いつもニコニコしているだけで、会話に中身がない。
いつも服装も家もお人形みたいに綺麗で、生活感がない。
主婦だけど、子供達を叱ったり友達と噂話をしたりもせず、
夫に逆らうなんてとんでもない。
自分の意見なんか持っていない。


はじめはこの町に溶け込もうと頑張るジョアンナですが、
夫に従うだけの周囲の女性たちを怪しむようになります。
同じように感じていたご近所さんのボビーとロジャーと出会い、
3人で町の秘密を探ることに。

しかし皮肉屋でオシャレだったゲイのロジャーは
突然オネエ言葉をやめ、スーツを着て選挙に立候補。
豪快で片付け嫌いだったユダヤ教徒のボビーは
突然家を片付けて貞淑なクリスチャンの奥様に大変身。

一体何が起こっているの?





結論を言ってしまうと、この町の女性たちはみんなロボットだったのです。


ここに来る前の彼女たちはジョアンナ同様のキャリアウーマンでした。
しかし妻たちが自分たちよりも出世して収入が多いことに
不満を感じた夫たちが、彼女らの脳にチップを埋め込むことで
彼女らを思い通りに操り、従順でセクシーで頭空っぽの
「完璧な奥様」に仕立て上げてしまっていたのです。


一見かわいくておしゃれなホームコメディですが
おぞましいホラーSFだったんですよ〜。



原作は1972年の小説「ステップフォードの妻たち」と75年の映画版です
(今回のリメイク版はコメディですが75年版は死ぬほど怖いホラー映画です。
さっきyoutubeで見たのですが、私今夜一人でトイレに行けない)。

女性が権利を求めて立ち上がり始めた時代に書かれたもの。
自分の地位を脅かされるのではと当時の男性が感じていたであろう恐怖が
この「ステップフォードの妻」たちを作ったのでしょうね。

ステップフォードの女性たちはみんな揃って50年代風のファッション。
「古きよき時代の女たちは男に口答えなんかしなかったはずだ」
という幻想と願望を象徴しているのだそうです。
ほんとに50年代がそんな価値観だったか知りませんが。


光る眼」や「エクス・マキナ」もそうでしたが、
新しい価値観が生まれ、これまで弱い立場にいた人々が
声を上げ始めることに対する恐怖や反発を
エイリアンやロボットを通して描くことってSFではよくあるんですね。


この作品でもウォルターは妻のジョアンナが職場では自分の上司であることに
劣等感を感じて悩んでいます。

近所の人々は彼に、いつも口うるさいジョアンナを
ロボットに変えてしまえば良いと勧めます。




ここまで観ていると、ステップフォードの男性たちは身勝手で
自分の価値観を女性に押し付ける悪者だ、と観客は感じます。

作品としては面白いのですが、30年前に書かれた作品を
2000年代に入って今さら映画化する意味ある?
と思ったのですが、リメイク版には今だからこそ描けるどんでん返しがあります。

以下、ネタバレです。


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美女と野獣








あまりにもすばらしい映画だったので今日はべらべらしゃべりません。


何もかも新しいんですが全てが涙が出るくらいなつかしくて、
ずいぶん長いこと忘れていたものを見つけたような、
そういう映画でした。

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すばらしい新世界






悲惨な戦争を経験した未来の世界。
人々は安全で清潔な安定した文明世界を作り上げました。
人間は受精卵の段階から階級に分けられ、条件付けによる刷り込みで
教育・管理されていました。
全てが理想的な世界で一人周囲になじめず孤独を抱えていたバーナードは
旅行に出かけた「野人」保護区で
今は忘れられたシェイクスピアを愛する野人ジョンと出会います。

母親の生まれ故郷である「文明世界」に行ってみたいと願っていたジョンは
バーナードに連れられ、憧れの地へ。
しかしそこは彼が夢見た世界とは、まるで違うものだったのです。




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ディストピア文学ブーム、まだまだ(私の中で)続いております。

こちらはオーウェルの「1984年」と並ぶ未来の管理社会を描いた傑作
と言われています。
「1984年」では、ちょっとでも社会の体制に反する動きをしたらすぐ死刑の
息苦しい相互監視社会が描かれていたのに対し
「すばらしい新世界」が描くのは、とにかく明るくてハッピーな管理社会です。

生まれる前から人間は5つの階級に分けられますが、
「自分の階級が一番幸せ」と刷り込まれているので不満はありません。
好きだと思った相手とは誰とでも、何人とでも付き合うことができます。
歳をとっても肉体が老いることはありません。
副作用のないドラッグ「ソーマ」を飲めば悩みなんてすぐに忘れられます。


とっても気楽で素敵じゃありませんか。
でもこの世界にはあるものが欠けています。
それは「家族」という概念。

人間は人工授精で瓶から生まれる(生産、と言った方がわかりやすいかも)ので、
親、子、血の繋がりといったものはこの世界には存在しません。
それどころか「家族」という考えは古臭くて不潔なものと嫌われていました。
「母親」という言葉はこの世界では最も下品な言葉でした。


そういうわけで、結婚という考えもないわけです。
みんなはみんなのもの。
だから、一人の恋人に執着するのは身勝手で良くないことです。
多くの異性とあっさりした関係を持つことが推奨されます。


この世界で健康に生きていくためには、軽薄でなくてはなりません。

誰もが楽しく生きているように見えるこの世界、
それでも孤独を抱えたバーナードという青年がいました。
外見にコンプレックスを持つ彼は
何もかも軽薄なこの世界に違和感を感じていました。

彼は、シェイクスピアを暗唱する「野人」ジョンと出会い
自分たちの世界に連れてくることに。

母親から「新世界」がいかにすばらしいか聞いていたジョンは
期待いっぱいでしたが、それは違和感と失望に変わります。


食べ物も恋も安全も何もかもあまりにもあっけなく手に入ってしまい、
人々は気づかぬうちにドラッグ漬け。
シェイクスピアの描く複雑で人間的な世界とはまるで違ったのです。





ここからネタバレです。

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